CMClose

TweetClose

FictionClose

DiaryClose

Article

男とはどういう生き物なのか?――ドストエフスキー『やさしい女』について




 ドストエフスキーの『やさしい女』の新訳が発売されています。やさしい女? と不審に思う方もいらっしゃるかもしれません。聞いたことないな、と。今まで全集では『おとなしい女』『柔和な女』と訳されることの多かった作品で、『ドストエフスキイ後期短編集』でも『おとなしい女』と訳されています。

 ロシア語で "Кроткая” クロトカヤは、おとなしい、やさしい、柔和を表す言葉ですが、『罪と罰』のソーニャやリザヴェータを形容する時にも使われている言葉で、また『マタイによる福音書』5章、山上の説教「柔和な人々は幸いである」に見られるように、ドストエフスキーにとって、かなり重要な言葉であることは想像に難くありません。

 男の独白で展開される『やさしい女』の粗筋はこういったものです。主人公の妻がテーブルの上に横たわっている。彼女がすなわち小説の題名にもなっている『やさしい女』です。妻はすでに死んでしまっている。男の妻は聖母マリアのイコンを抱きしめながら飛び降り自殺を決行し、死んでしまった直後です。なぜ彼女は自死を選んだのか? 明日は棺におさめて運び出さないといけない。それまでに男は彼女との馴れ初めから、不和、考え方の違いを記憶の中で一つひとつ辿ることによって、彼女の死の理由、意味を見つけ出そうと自身と格闘します。しかし彼は最終的に答えにはどうしてもたどり着けません。彼を真実から遠ざけるのは押さえがたい自己弁護の誘惑と、あまりに高すぎる自尊心の壁です。彼のこころの言葉に注意深く耳を澄ませば、その自己弁護も自尊心も、自己の卑劣さ、臆病さ、愚かさを隠蔽したいというどうにもならない欲望から端を発したものだということは明白です。また、この小説で一番大切だと思われる事態が、さらに彼を真実から遠ざけます。

 その大切なこととは、妻に自殺された男の気持ち、また混乱し混線しズタズタになり行きつ戻りつする思考そのものです。思考が思考することを妨げます。彼の考えは決して一箇所にとどまってくれません。順序だてて考えを辿ろうとする道筋が、いつしか脇道に逸れ自己弁護を繰り返し「悪いのは彼女なのだ!」と結論付けてしまいます。しかしそのすぐ直後には「それは重要ではないのだ」と本筋に戻らざるをえません。なぜなら、彼女の責任に全てをゆだねていては、答えにたどり着けないことを、彼自身が最も良く知っているからです。彼はしばしば怒りに囚われます。取り戻せない一回性の出来事が偶然によってのみ支配されていることにです。怒り猛り、不安に駆られながらも思考し続けます。こころの言葉によって語られる彼女の輪郭がすこしずつはっきりと浮かび上がってきます。

 ドストエフスキーは主人公の思考にきっちりと寄り添って細密に、また劇画的ともいえる飛躍をもって描写しています。主人公がたしかに掴んだのは、妻が自死を選んだ理由でもなく、その意味でもなく、ただ「いつそれを選んだのか?」ということだけです。ほんの一瞬の裡に、彼女は微笑みとともに自殺の道を選びました。


小説の一番最後の段落を引用します。

 時計の振り子は無情にカチカチと不快な音をたてる。夜中の二時だ。ベッドのそばには彼女のかわいい靴が立っている。まるで彼女を待っているようだ……いや、本当に、明日、彼女が運び去られてしまったら、私はいったい、どうしたらいい?

 男はおそらくはこの日を境にして、生涯この暗い自問の裡に閉じ込められてしまうように思えてなりません。しばしば『かわいい靴』を抱きしめ、くちづけをし、そしてきっと寸分たがわない場所に『かわいい靴』を戻す。『やさしい女』が"そこ”に脱いだ、その場所に。

 さて、男とはどういう生き物なんだろう?

< 了 >


LinksClose

Jyun-bun

純文学専門サイト
≫≫≫ 純文学小説投稿サイト―jyunbun

Short Story

小説、詩、エッセイ等
≫≫≫ 小説投稿サイトShortSTORY

坂口安吾

坂口安吾専門サイト
≫≫≫ 坂口安吾のすべて

PHP掲示板

PHP掲示板ダウンロードサイト
≫≫≫ PHP掲示板ダウンロード無料

はらいそ

るさんのブログ
≫≫≫ はらいそ

相互リンク

リンクしても良いぞって奇特な方、ぜひぜひメールください。
chouchoutosensha(atmark)gmail.com

チェンマイの焼肉・シーフードバーベキュー専門店・木乃屋

チェンマイの焼き鳥・やきとり専門・とり屋

チェンマイのレンタカー・レンタルバイク

Car rent and motorcycle rent in chiang mai