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ギチギチに詰まっている――ヘミングウェイ『日はまた昇る』について




 野太いエグゾーストノートが聞こえた。それはどんどん近づいてきていた。まるで飛行機のジェット機関音みたいだ。
 俺は窓から外を見た。豚みたいに太ったガキが、しこたま金を持っていることを大音響で広告している。つまり豚が乗り回すツーシートのメルセデスが唸りながら通り過ぎるところだった。ちんまりした俺の部屋の横を嫌みったらしい低速で走りすぎるところだ。
 豚は隣ん家のガキの友達だ。俺はそれを知っていた。前にも何度か見たことがあったし、何度かこのうざったらしい轟音を聞かされていた。
 隣ん家は俺の借りているこの建物の大家だ。大家もしこたま金をため込んでいて、でかい薬局のチェーン店かなにかをたくさん持っている。それで、その仕事の上がりを使ってここら一体の土地をガンガン買い、その上に糞みたいな安普請の家をぼこぼこ建てる。俺もその糞みたいな家の住人てわけだ。おかげで昼のあいだはずっと、三百六十度のサラウンドで、建築作業の音がカンカンなりガンガンなりギーギーなりしている。おそろしく俺をイラつかせる音だ。
 大家が家賃をまけたのはそういうわけだったのか、と俺が気づいたのは、ここに来て静かな一週間を過ごしたのちだった。一週間がきっちりたった朝、あたりに膨れ上がる轟音に無理矢理目を覚まされたわけだ。なるほど、金持ちってのは、計画的だし、頭がいい。すぐに俺が出て行けば、ヤツは二か月分の敷金を丸儲けできるし、たとえ出て行かないとしても、こんな糞うるせえ借り手なんているはずのない場所に、家賃を払う馬鹿が最低半年は住んでくれるわけだ。半年たったら、はいできあがり、あたりは立派な住宅地ってわけ。馬鹿なのは、つまりは俺だ。

 ギラギラの黒いラードみたいなメルセデスが、隣ん家のガキをのせてまた俺の部屋の横を通り過ぎる。俺はヘミングウェイの『日はまた昇る』を読んでいるところだ。日本語の本はこの国では手に入りづらいし、手に入ったとしてもおろしく高い。だから俺は英語で読む。英語の本ならどこでも買えるし、しかも安上がりだ。ただひとつ難点は、俺の英語力がひどいことだけだ。
 ヘミングウェイの英語は好きだ。難しい単語なんてめったに出てこないし、何より文章が短い。馬鹿な俺でも充分に読める、文章からあふれ出した部分、つまりギチギチに詰まっているところから漏れ出す部分さえ感じ取ることができる。天才は遠く東洋のこんな糞暑い国で、ぐったりしている馬鹿な俺さえも、慰めてくれるんだな。
 英語で読んではじめてわかったことがあった。フィエスタの最中、酔ったやつが叫ぶ言葉。日本語訳では「牛にゃキンタマがねえ※」とあるんだが、俺はその意味が分からなかった。原文はこうだ。

 ―― bulls have no balls.

 くだらない駄洒落だ。俺はこれを知ってマイクという登場人物が大好きになった。
 もうすぐ夕闇が訪れる。俺はブルズハブノウボウルズブルズハブノウボウルズと何度も口の中で転がして、クソッタレの大家とかメルセデスの豚のことを忘れる努力をする。
 主人公のジェイクも玉無しのインポ野郎だった。

< 了 >

※日本語訳の引用は『日はまた昇る』(新潮文庫)大久保康雄訳からです。
 新訳で引用部分がどう訳されているのか確認できていません。



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